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赤朽葉家の伝説
桜庭 一樹
東京創元社 2006-12-28
評価

by G-Tools , 2007/06/25




山陰地方のあの神がかった雰囲気。神々の住む山。伝承や伝説、そして神話。
製鉄業を営む鳥取の旧家を支えた女たちの話。時代の流れと、各世代の女たちの人生。
桜庭さんはこういう本を書く人なんだ・・・とちょっと意外な感じのする内容でした。
山崎豊子や松本清張を彷彿とさせる、昭和の光と影がある感じ。とはいえ、もっと幻想的な物語でしたけど。
話は3部に分かれ、神話の時代と称されて書き進められるのは、書き手の祖母・万葉の時代。そして高度成長期を生きた母・毛毬の時代。そして書き手であるトーコの時代。“何者でもない”と自らを憂うニート。でも、トーコは最後にちょっとした謎を解く。優しくて切ない結末が沁みた。
万葉と毛毬。どちらもたくましい女たち。強いから優しい。家のために生きているのに、何故もこんなにも魅力的なのか。色々な犠牲を払いながらも守るべきもののために生きる女の強さと魅力に心惹かれる。

なんて愛にあふれた小説なんだろうと思った。家族を一族を友人を思う温かい気持ちがあっちこっちにあふれてる。人対人が優しくて、泣けた。こんな風に誰かのことを考えたことは自分にはないなと、哀しくなった。

さて、この物語は“辺境の人”と呼ばれる山に生きる人々の話から始められる。
物語の半分以上、万葉のルーツを“山の民”という表現で進められているが、突然、3部目のトーコのメモの中で、「万葉 サンカ」と出てくる。“サンカ”聞いた覚えはあるが、とてもあいまいな記憶だったので、読み終わってから調べてみました。
サンカというのは、戸籍や家をもたず主に山の中で暮らした人々。言葉も独自のものを持ち、テントで生活をし、非定住、非所属な人々である。彼らが携わっていた職にはロクロ師や炭焼き師、竹細工師などがあり、その中にたたら師もあったよう。
サンカ研究はまだ不十分で分かっていないことが多いようです。ちょっと調べただけでアレコレ書くのも誤解や間違いがありそうなので、あまり書きませんが、とても興味深い分野です。

そして、サンカのことをちょっと調べて思ったのは、トーコが「自由」と命名されようとしていた理由。本の中で、トーコ自身も「自由」と名づけられようとした意図に想いをめぐらせている。この時代の中での「自由」なのか、この一族からの「自由」なのか、色々と考えることはあるけれど、この娘のルーツにある“サンカ”もそのひとつの理由な気がした。
サンカの人たちはいつの時代も自由だったのだ。赤朽葉の家にとらわれ続けたこの女たちにとって“山の民”は自由の象徴だったのではないだろうかと。時代が流れ、人々が山から遠ざかり、山と町の境目がはっきりとしてしまう時代に生まれる子。時代や社会に流されることなく、自分たちの生活を保つ“山の民”を忘れないようにと。そんな気がしたのでした。

それにしても、だんだんの町を見てみたいのはさることながら、ぶくぷく茶が飲みたいものです。絶対おいしいでしょ。
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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学



















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