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待ってました!常野物語の第三弾!
しかも『光の帝国』で長編が読みたーい!と思っていた、あの”裏返される”話!『光の帝国』でその能力を初めて使った時子と両親のその後。”裏返す”意味だとか、その背景というよりも、タイトル通り、この戦いをしてきた人々の終焉。

様々な能力を持つ常野の人々。その一人拝島暎子は社会生活を送りながらも、常に”アレ”との戦いを繰り返していた。民衆の中に紛れているアレは暎子の目には顔や手足が苔などの植物に見える。裏返さなければ裏返される。同じ能力を持つ夫は10年前に謎の失踪をしていた。夫は裏返されてしまったのか?それとも自分と娘を捨てただけなのか?10年に及ぶ孤独な戦いの日々の終焉、そして夫の失踪の謎がついに明らかになる。
物語は暎子が原因不明の昏睡に落ちたことから始まる。娘の時子は母を取り戻そうと長年冷蔵庫に貼ってあった電話番号に連絡をする。そして今まで聞いたことのなかった一族の話を徐々に知ることになる。
時子の物語と暎子が昏睡に陥った物語が錯綜する。その中で「洗濯屋」と呼ばれる能力を持つ人々が出てきたり、「包む」という行為が出てきたり、想像力をバシバシ刺激してくれる。「洗濯屋」はこれまでの常野一族のイメージと違う。常野の人たちは力を誇示することなく、密やかに暮らしている感じだったんだけど、「洗濯屋」は不気味。「僕だけの消しゴム」って怖すぎる。怖いといえば、会社の廊下を手押し車でやってくるアレの描写。短編の時にもヒエッと思ったけど、今回も怖かったわー。ヤクルトのおばさんが怖くなるからやめて欲しい(笑)。

常野物語第二弾である『蒲公英草紙』と比べて、今回はSF色が強い印象を受けた。時代設定や力の質の違いのせいなのかな?でも、悠久の流れの中で存在し続ける常野の人々の今を描くとこうなるのかも。文明や科学が発達していない時代だからこそ彼らの能力の使いどころはいっぱいあったに違いない。昔に比べ、現代では常野の人々の存在理由は意外に少ないのかもしれない。それでも在野に散らばり存在し続ける彼ら。彼らの生きる意味を問う物語だったのかなとも思う。
そういう意味でのエンド・ゲームだったのか?でも、常野物語は終わらないで欲しい。「新しい世界の始まり」でもいいし、もっと昔の話でもいいから書き続けて欲しいなぁ。

読めば読むほどもっと欲しくなるのが、常野物語。
この話でも結局お父さんはアレが何に見えていたのか、他の包まれていた人たちはどうなったのか、気になるところが残ってるんだけど・・・。
今度は「草刈り」の話なんか書いてくれませんかね。「つる先生」も捨てがたいけど。
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