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失はれる物語
乙一
角川書店 2006-06
評価

by G-Tools , 2007/06/09




年下の作家の本は読まないという自分の勝手なポリシーは、すっかり乙一氏でないものとなった。
いやー若そうだなぁとは思ってたんだけどね。やっぱりね。まぁまだ同年代でくくれるから、いいか。
自分と同い年の三浦しをんさんも直木賞とったし、作家としていい年代なのかしら?考えてみれば、三浦さんは女としてついに・・・という三十路突入の年に大きな賞をもらって、こんなに素敵な30歳はないわね。

ま、そんなことはいいのだ。乙一氏の本なのだ。
短編集なんだけど、彼は孤独な人を描くのが好きなようだわね。
読むもの読むもの、友達がいない、日の射す明るい人生から目を背ける人だらけ。普通に健やかな生活を切望しながらも、期待を裏切られ傷つくことを恐れ、そこへ踏み込む勇気のない彼ら。彼らに共感できるか、できないか、それが彼の作品の好き嫌いを分けるかもしれない。
私は日陰から、日向をまぶしそうに見ている彼らの人間らしさがそんなに嫌いじゃない。
印象的だったのが、表題にもなっている「失はれる物語」。
交通事故で肘から下の右腕の知覚しかなくなってしまった男。見る、聞く、話す、動くということを失った男の物語。
かすかに指を動かすことしかできない。腕でしか感じることが出来ない。誰かが腕に触れていないと途端に孤独な暗闇に囲まれる。
これ、ものすごく怖い。脳みそがあって、思考があるのに、それを伝える術がない。例えば植物人間と呼ばれる状態の人が、”生きている”ことを伝える神経が全て絶たれていて、思考だけが生きていたら・・・怖いよ。哀しいよ。生きている意味がわからないよ。でも、”殺してくれ”という意思さえ伝えられない。これはそういう哀しいお話。

この主人公は奥さんが腕に文字を書いてくれて、YES・NOを指の動かし方で伝えるというコミュニケーションを始める。そして奥さんは彼の腕を鍵盤に見立てピアノを弾く。腕しか知覚のない彼はその演奏から奥さんの気持ちを汲み取るようになる。でも、汲み取るだけしかできない。彼から伝えたいことは何も伝えられない。そんな彼が唯一見つけた意思を伝える方法。それは指を動かすのを止めること。指を動かさなくなった彼の元へは誰も来なくなり、病室の片隅でただチューブにつながれ生かされる彼。それが彼の選択だった。いつまでも妻と子をこんな自分に縛り付けておくことはできないという彼の思い。哀し過ぎる。

腕に触れてくれる手の感触だけで子どもの成長を知るような、皮膚でしか世界を感じられない状況の描写がとても切ない。泣きたいのに泣けない。うめくことさえできない。表現することができないのがこんなに哀しいことだなんて。泣きました。

それ以外も孤独な話ばかりだけど、乙一さんはあきらめてないんだね。人に。そういうかすかな期待、ちょっとした優しさが随所に出てるな。前も思ったけど、深みはないのよ、全然。でも、捨てがたい。期待しちゃうな、乙一さん。
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テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学





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【2006/07/19 13:46】 | #[ 編集]














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