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対岸の彼女
角田 光代
文藝春秋 2004-11-10
評価

by G-Tools , 2007/06/09




ご本人の直木賞に続き、旦那様が芥川賞を受賞しましたね。旦那さんも作家さんとは全く知りませんで。芥川賞合わないんだけど、どうなのかしら?伊藤たかみさんの本は。
とりあえず、奥様の受賞作から。
哀しい話じゃないのに、泣いてしまったのは何でだろう?『空中庭園』の時も感じた、この感覚。
思春期に感じた、心のトゲというか、些細な違和感や嫌悪感、罪悪感・・・そういった感情が生々しくよみがえるからなのか。
恐らく大勢の人が共感するポイントを描き出すことにものすごく長けた作家さんなんだろう。

結婚して会社を辞めて、専業主婦で子どもを育てている30過ぎの女性。親として公園デビューが上手くできず、引っ込み思案で友達を作れないわが子を見て、罪悪感や近親憎悪を抱く小夜子。そんな生活を抜け出したくて再就職をする。
再就職先の社長は同じ歳で同じ大学出身の独身女性の葵。自由奔放でくったくなく話してくれる葵に憧れ、次第に変わっていく小夜子。子どもを保育園に預け、家事もしっかりとこなしながら仕事に出る小夜子は、旦那との関係が次第にギスギスしてくる。小夜子が葵に引っ張られながら、どんどん進みそうになった矢先、葵との関係に亀裂が走る。
主婦と働く独身女、それぞれの立場と抱える悩み。
この二人の関係と、葵が親友と過ごした高校時代の話が平行して描かれている。中学でいじめられていた葵はその地域に居たくなくて、群馬に引っ越す。新しい土地で出会ったナナコはどんなグループにも属さず、誰とでも親しくするフリーな少女だった。
「何で自分となんか話してくれるんだろう・・・」
「彼女となら何でも出来そうな気がする」
高校時代、葵がナナコに対して抱いた感情は、そのまま小夜子と葵の関係に当てはまる。

この辺の女同士の感情、絶妙。親でも彼氏でもなく、親友との関係は濃厚な親密さを持ちながら、脆さが隣り合わせにある。特に思春期はそう。
思春期って、檻の中にいるみたい。その大きさに差こそあれ、囲われていることに違いはない。自分だけの檻、家族という檻、学校という檻、地域という檻・・・飛び出しても飛び出しても柵は幾重にも張り巡らされている。些細なことが怖くて、些細なことで悲しんで、そんな自分も小さな小さな存在であることをまだ知らない。

どこか遠くへ・・・家ではないどこかへ行きたい・・・葵とナナコも夏休み民宿での長期バイトを終えた後、そのまま家へ帰らず、数ヶ月家出生活を送る。ラブホテルを渡り歩き、カツアゲまで犯したある日、二人はマンションの屋上から飛び降りる。
自殺に失敗して親に引き離された二人は、結局どこへも行けないことを知る。

永遠だと思った友情も、唯一無二だと思った絆もいつかは失われる。でも人のすごいところは、失ったそれらを傷に思いながらも、新しい友情と絆を築けることじゃないだろうか。成長ってそういうことなんだろう。そういう風に歳をとりたいとも思う。
小夜子と葵も30歳をすぎて、ようやくそのことに気づいたんだね、きっと。人との関わりは決して楽じゃない。深く付き合いたければ、それだけ傷つくリスクを背負う。でも、そういう付き合いの方がきっと楽しい。

女も30歳を過ぎれば、色んな立場がある。友人の立場が自分のそれと違うとき、少なからず負の感情を持ってしまう。そんな感情と向き合いたくなくて、ついつい疎遠になってしまうけど、それをちょっと越えたいなと思った。彼女たちの状況を羨んだり、見下したりすることなく、彼女たち自身と向き合いたいと思った。
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